選挙に行って投票する理由

総選挙の投票日が間近に迫って毎度のことながらメディアでもネットでも「投票へ行け」圧力が増してきたので、12年前に「選挙に行く理由」を書いた記事を少し修正したりして再掲しておく。アップされたのは第二次安倍政権が誕生した2012年衆院選の前日である。

若者と老人と選挙 - rabbitbeatの日記 (hatenadiary.org)

TBSの報道特集で「選挙に行かない若者」のインタビューが少し流れてた。テレビでもネットでも「選挙に行こう」アピールがすごい。お昼の番組では政治評論家の伊藤惇夫さんが「入れたい候補がない場合は白票を入れるという手もある」なんてことまで言い出していた。「白票が集まれば政治家もそういう意見を見過ごせなくなる」からだという。別の番組では、前回の衆院選では小選挙区の白票が全体の1%も投じられたと報じていたが、いったいどれだけの国会議員がそれに注目していたというのか。

 


選挙に行かせようとする人たちの文章で、よく見かけるのが、世代別投票率というやつ。高齢世代にいくほど高く、反対に若者ほど低い。だから政治家の政策に、若者の声が反映されていないのだという。若者の投票率が上がれば政治家も若者の声を聞くようになるのだという。

 


ここでいう若者という括りがなんだか大雑把すぎる。若者の声ってなんだ。若者の声が反映される政策とはなんだ。若者にだっていろいろいるだろう。堅実に公務員や安定企業社員になった人と、就活に失敗してフリーターになってる人では、求めるものが違うだろう。高齢世代だって年金たっぷりもらって悠々自適にある人と、無年金老人が求めるものは違うだろう。こんな大雑把に「若者よ投票にいこう」なんて呼びかけても元から行く気なかった人に通じるはずないじゃない。真正面から個人個人に「あなたの声を政治に反映させるために投票に行こう」とマスコミは報じられないんだな。

 


投票する目的は何か。自分の声を反映させるため?そんな理由だったなら、結果が出た途端に投票者の約半数である落選者に投票した人たちは心底がっかりして二度と行く気をなくしてしまう。当選者に投票した人たちであっても、選挙で一票を投じたくらいで、その候補者が当選して与党国会議員になったとしたとしても、個人の声を反映してくれるなんてことはない。

 


選挙期間に入ってから「自分の声を反映するために投票に行こう」なんて呼びかけても後の祭りである。有力な候補者たちには、選挙期間に入る前から、政治活動を熱心に支えてくれる支援者たちがいて、実際に政治に反映されるのはその人たちの声だ。選挙のときだけ政治に注目させて投じさせた一票が、政治に反映されるなんてことはない。選挙の時だけ「一票投じるからこの政策実現して!」なんて言うのは虫がよすぎる。古くから応援し続けている支援者たちの意見だって人によって様々で、政治に反映されるなんてことは滅多にないのに、選挙に行くか迷っているような、世論調査で「支持政党なし」なんて答えるような人の意見なんか政治に反映させようがない。さらに政治家を熱心にサポートする支援者はたいていジジババの高齢者だ。そりゃ政治家は高齢者の声を親身に聞き、高齢者に向けた政策を自然と打ち出すようになる。政策が高齢者向けになるというなら、それは世代別投票率の高さの差が理由ではなく、原因は日頃の政治活動への積極性の差だ。

 


ではどのような動機づけなら政治に興味ない層を行く気にさせて投票率を上げられるだろうか?
 
「お祭りだから」。
 
投票所に向かう理由はこれくらいがちょうどいい。政治は「まつりごと」とも言うが、日本で一番大きい祭りに参加したいから私は投票に行く。投票に行かない若者が多いというなら、若者向けの祭りの盛り立て方が足りないのだろう。もっと選挙応援に有名人動員して、アメリカみたいにコンサートするとかしたらどうだろう。あと投票所の問題。近場の集会所や公民館、小学校は地元民のテリトリーであって地方から都会に引っ越してきてご近所付き合いとは無縁に生きたい者には入りづらい場所だろう。投票箱をコンビニにも置いておけばもっと投票率を上げられるだろう。