「安倍再評価」で第二次政権を勝ち取った安倍自民と「民主党再評価」

最近、自分の観測範囲で「菅直人再評価」などという話を見かけるようになった。新型コロナに対する安倍政権の対応のまずさの裏返しとして、東日本大震災原発事故における菅直人総理の対応は良かったのではないか、という主張となる。

それに対して自民党支持者、ネット右翼、アンチ民主の人々は、「再評価」を否定し、そんなことやっても今の野党は批判ばかりで政権を取れるはずがない、と反論する。

こうした反論に、野党支持者、アンチ安倍らは、民主党政権で野党だった自民党も批判ばかりだったではないか、そんな批判をする資格はない、と批判する。

8年前を思い出してみると、私の感覚では、確かに自民党は批判ばかりで、そのことに非常に苛立っていた覚えがある。一方で、安倍が総裁となって自民党が政権に返り咲いたのは、民主党の「批判ばかり」をしていたからではない。

当時、谷垣自民党の支持率は、民主党政権の評価が下がっていた割に、そこまで伸びていたわけではなかったと思う。世の中には「自民党が政権復帰できる大チャンスであるが、谷垣総裁で選挙に勝てるのか」という空気が漂っていた。

その空気を人工的に作っていたのが、安倍晋三とその周辺のシンパやメディアなのであるが、「たかじんのそこまで言って委員会」などネット右翼系メディアや言論人を使って、谷垣の評判落としと同時に「安倍晋三再評価」のキャンペーンを行い、「安倍は優秀な総理であったが難病で辞職せざるを得なかった悲劇の宰相」という「歴史改変」を行い、「難病を克服した再チャレンジの象徴」として担ぎ上げ、「安倍待望論」の空気をおよそ1年かけて作っていった。これら「空気の醸成」は、森友問題で明らかになった安倍の動きで、はっきりした部分もある。

こうした安倍シンパらの「再評価」「待望論」を受けて、安倍は総裁選で辛勝し、「アベノミクスアベノミクスアベノミクス」と唱えまくって、野田総理に早期解散を約束させ、自民党に政権奪取させた。現在まで続く長期政権の理由は金融緩和による株価の上昇に成功させたことにあるのは間違いない。

つまり、野党自民党は「批判ばかり」していたが、安倍本人は、党内では影に徹しており、谷垣自民党のイメージとは一線を画した。安倍は総裁選を通じて谷垣や谷垣自民党の幹部だった面々を倒すことで、「批判ばかり」という野党自民党のイメージを打破した。「党内隠居で『批判ばかり』回避」→「再評価」→「待望論」→「党内掌握」→「政権奪取」という経過だ。*1

そして現在の「民主党再評価」である。安倍は空気の醸成に1年以上時間をかけた。民主党再評価キャンペーンを行い、「○○待望論」を打ち出すにしても同じだけの時間をかける必要がある。そうでなければ選挙に勝てない。そもそも旧民主党は分裂しているので再評価で得た支持も分散してしまう。掌握する「党」も1つでない。現野党の「批判ばかり」のイメージは立憲民主党が一手に担っており、国民民主党は影に隠れている。国民民主党は「隠居」状態といえる。だからといって国民と立憲は別政党なので、国民が立憲を掌握する方法がない。支持率は圧倒的に立憲民主党がリードしているのだ。

そもそも国民民主党に国民が「待望」する議員がいない。今の野党で影に隠れて「待望」される政治家といえば、れいわ新撰組山本太郎くらいであろうが、これも他の野党を掌握することは今のところできそうにない。野党合同で次期首相候補の予備選なんかをすれば、「待望」される候補が「掌握」することができるが、それは事実上不可能だろう。

国民に「待望」される議員を野党内に育てることが重要である。野党合同で行うことは無理なので、現状では野党第一党立憲民主党が1党で育てる必要がある。

 

 

 

 

 

 

*1:安倍が野党総裁として長く居座ることになれば、もちろん安倍にも「批判ばかり」というイメージがつけられたとは思うが、安倍は幸運にも総裁となった直後に消費増税と引き換えに野田総理に解散を約束させることに成功した。現在まで旧民主党系政党が選挙で一切奮わない原因は、当時に野田が総理の「伝家の宝刀」である衆院解散権を自民党に渡してしまったことにある。解散権を適切なタイミングで使用できれば、野党への期待を潰すこともできるのだ。第二次安倍政権で安倍は常にそれをやってきた。