ネトウヨ言説とネット世論との関係の変化

自分の視点でのメモとして書き残しておく。記憶に基づくものなので、時期がおかしいところがあるかも。
 
・2000年前後のネトウヨ言説は個人サイトで発信されていた。個人の思想に基づき、サイトが立ち上げられ、ネトウヨ的読み物が投稿され、設置された掲示板で同じネトウヨが交流していた。その中から、今では政治家になったりする者も出てきている。

 

・2002年の日韓ワールドカップでは、2ちゃんねる等の匿名コミュニティでネトウヨ言説が拡散した。それ以降、個人サイトや専門板でなされていたネトウヨ言説が、2ちゃんねるの雑談スレッドでもよく見られるようになった。嫌韓がコンテンツとして機能し始めた。「たかじんのそこまで言って委員会」開始。



・2003年のブログブームで数多くの個人のネトウヨ言説ブログが誕生。2chロンダでコピペデマ拡散に。
  

・2004年の冬ソナからの韓流ブームへの反感、海老正日騒動以来のNHKへの反感、なども相まって、ネトウヨ的言説が2chで大きくなる。2chでは「一体感」を名目にいろいろなイベントが起こされるが、その一つにネトウヨ的行動も入り込んでくる。
 
・2004-05年に2chコピペブログブームでコピペブログが乱立。その人気ブログの多くがネトウヨ言論を肯定する編集によって2chレスをまとめていた。ネトウヨ言論が爆発的広がりとなる。自民党にチーム世耕(J-NSC)が組織。空前の麻生ブーム。
 
・2006年、2chネトウヨブログで広まった福島瑞穂コピペがデマだったとする記事が、はてブで大きくバズった。ネトウヨへの警戒心が一部で醸成されていく。安倍政権が誕生。在特会が誕生。Twitter誕生。
 
・2009年- 民主党政権交代ネトウヨ言論の過激化。在特会朝鮮学校へのヘイトデモ。尖閣諸島中国漁船衝突事件での海保職員によるYouTube動画アップ。民主党への反日認定活発化。

 
・2011年 第二次韓流ブームからの、高岡奏輔Twitter発端にフジテレビ抗議デモ。以降、本当にフジテレビに元気がなくなり、ネトウヨ言論がリアルに力を持つ圧力団体として認識されるようになる。ネットでもテレビでも発信する時は、ネトウヨの目を気にするように。
 
・2012年 安倍復活を印象づけるためのキャンペーンがネットとテレビで貼られる。自民に政権交代
 
・2013年 在特会による鶴橋大虐殺演説。ネットで大いに批判受ける。カウンターのしばき隊誕生。ネトウヨデモにはカウンターが付き物となり、在特会のちからが落ちていく。過激ネトウヨの孤立化。
  
・2014年 朝日新聞慰安婦報道を謝罪 
・2016年 「日本会議の研究」ブーム。米大統領選での「オルタナ右翼」、欧州の極右勢力を問題視する報道が日本でも活発化。ヘイトスピーチ対策法成立。
・2017年 森友・加計問題。
・2018年 冷笑系への冷笑