「娘の友達」と連載漫画への評価

漫画「娘の友達」が一部で批判されている。

娘の友達 - 萩原あさ美 / 第1話 出会い | コミックDAYS

雑誌「モーニング」がTwitterで宣伝動画を投稿して火がついた。

 批判の内容は簡単に書けば「中年男性を主人公において女子高生と恋愛させるのがキモい」というものだ。こういう感想は別にこの漫画に限ったわけでもなく最近だと「恋は雨上がりのように」でも見られた。

ただし、「恋は雨上がりのように」では、主人公の中年男性と女子高生の恋が成就することはない。中年男性側が最後まで女子高生のことを考え突き放し、最終回ではそれぞれの道を歩んでいったと思う。

一方、「娘の友達」では、お互いに不幸を抱えた中年男性と女子高生が共依存に陥り、ドロドロの関係になっている。今の所、不幸な結末しか見えない。

中年男性と女子高生の恋愛というのは、ありえなくないものの真っ当な社会常識から言えば、タブー行為である。といってもタブー行為を描いたフィクションはこれまでにもいくらでもあり、名作もいくつも生まれている。近年でも近親相姦タブーを描いた「私の男」が直木賞を受賞し映画化もされている。

ただ、小説や映画は完結した作品として発表されているのに対して、連載漫画は作品が発表されてから完結するまで数年の時間がかかる。

「娘の友達」は、序盤で不幸な中年男性が性的魅力あふれる女子高生に癒やしを求めて触れ合う「男に都合のいい」展開が描かれているが、現時点で連載中の話では、女子高生の家庭での不幸や、男の娘の視点など「男に都合の悪い」内容が描かれ始めている。

決して「男に都合のいい」快楽だけを描かず、タブーはタブーとして描かれている作品だと思うのだが、序盤の展開だけ注目され「キモい」と感想が広がった。これはモーニングの宣伝動画がそういうまとめ方をしたことで起きた結果でもあり、中盤以降の破滅を匂わす展開も予告として入れておけば、とも思うが、結局はまだ連載中の作品であり完結していないことから起きる衝突だと思う。

よく「読んでから批判しろ」とも言われるが、連載中のものを読んでも中途半端な評価しかできない。作家性の高い作品ならなおさらだ。「娘の友達」でも女子高生と付き合ってしまった中年男性が破滅して終わるのかもしれないし、最後に大逆転で中年男性に都合のいい「キモい」最終回になるのかもしれない。

連載中に作品を肯定するにしろ否定するにしろ作品の結末を頭のどこかで予想してみんな評価している。いい意味で予想通りになったり予想を裏切られる結末になることもあるし、悪い意味でそれらが起きることもある。それぞれの場合で各読者の作品への評価は当然変わる。

一方、単話だけ取り上げ評価を決める人も出てくるが、途中の評価はあくまで途中までの評価でしかない。好きな小説に対して「序盤しか読んでないけど面白くなかった」と批判された場合、「最後まで読もうよ」と言えばいいだけである。ただ連載漫画の場合、人気投票や単行本の売上、アクセス数により、途中の評価で打ち切りが決断される不幸が多い。そのことをよく知っているからこそ漫画ファンは連載途中の批判に鋭敏にならざるを得ない事情もある。場合によっては批判によってその後の展開が変わってしまうかもしれないという危惧もある。

そういった不幸を防ぐために漫画でも最後まで完成したものを発表するようにしてほしいが、まだ数は少ない。描くのに非常に時間がかかる漫画は、それでは長いあいだ作家の収入がなくなってしまう。